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2001/11/04
【富山新聞】

富山県関係国会議員・東奔西走、宮腰光寛、「米は別」と強く主張
 自民党の宮腰光寛代議士はこのほど、都内のホテルで開かれた北陸四県農政議員懇談会の総会で、「今回の米問題に関する議論で、米農業と他の農業と違うということが明らかになった」と力説した。
 
宮腰氏の言う「米問題」とは、農水省が検討している生産調整の方式変更などに、農業関係者が猛反発している問題を指す。同氏は、党の部会などで精力的にこの問題の議論に加わっている。
 「米づくりは伝統文化。集落機能の維持にも役立っている」と
宮腰氏。「米問題」の結論は今月中に出る見通しだが、同氏は今後も「米は別」と強く主張していく構えだ。

2001/11/11
【富山新聞】

富山県関係国会議員・東奔西走、宮腰光寛、水産基本計画に取り組む
 自民党水産総合調査会副会長の宮腰光寛代議士は、先の通常国会で成立した水産基本法に基づく基本計画づくりに取り組んでいる。
 同法では、基本理念として水産物の安定供給と水産業の健全な発展を掲げている。基本計画は今年度末までに策定する予定となっているが、
宮腰氏によると、特に難しいのは「危機的状況にある」漁協系統の金融機関の問題だという。
 「漁協は合併による体質強化を迫られているが、(金融機関の問題は)合併の阻害要因にもなりかねない」。富山県にも関係の深い課題だけに、
宮腰氏の関心もとりわけ強いようだ。

2001/11/13
【富山新聞】

同朋幼稚園の創立80周年祝う、滑川市
 滑川市の同朋幼稚園の創立八十周年記念式は十一日、同市常盤町の同幼稚園で行われ、園児や関係者約三百人が出席して、健やかで明るい子供の保育環境整備に一層の努力を誓った。
 式では蜷川澄子理事長が式辞を述べ、澤田寿朗市長、
宮腰光寛代議士、野上浩太郎参院議員らが祝った。
 同朋幼稚園は一九二二(大正十一)年四月、称永寺の書院、庭園を改築して開設された。八十周年記念して、同幼稚園のロゴマークも一新した。

2001/11/22
【富山新聞】

富山県関係国会議員、北陸銀行に支援すべき、重要要望説明会、県出資に反対なく
 富山県は二十一日、東京・紀尾井町の赤坂プリンスホテルで、来年度政府予算編成に向けての重要要望事項を県関係国会議員に説明した。この中で中沖豊知事が、二百五十億円の第三者割当増資を実施する北陸銀行から出資要請を受けていることに言及したのに対し、国会議員側からは県として支援すべきとの意見が相次いだ。
 県は、北陸銀から三億円の増資要請を受けており、中沖知事は二十日の記者会見で、来月三日開会の県議会十二月定例会で予算措置を講じることを示唆している。
 説明会で中沖知事は「北陸銀行はリストラや店舗統廃合など経営改善に積極的に取り組むとしており、県議会とも協議してなるべく早く考えをまとめたい」と述べ、要請を受け入れる方向で検討していることを重ねて示した。
 これに対して、広野允士自由党参院議員は「北陸銀に地域の銀行として、しっかりしてもらわないと地域がだめになる」と強調。萩山教嚴防衛庁副長官も「北陸銀を助け、その代わりに厳しく(経営改善計画などの実施を)見守るべきだ」と、要請を受け入れることに賛意を示した。他の国会議員からも、県が出資することに反対の声はなかった。
 県側はこのほか、高速自動車国道網の整備継続や牛海綿状脳症(狂牛病)対策、日本海学の確立と実践施策の推進など後期の新規十四件を含む重要要望五十四件の実現に向けて協力を求めた。
 重要要望に関連し、国会議員側からは「不祥事を起こした県警は、きちんとした形で再出発する必要がある」(綿貫民輔衆院議長)、「市町村合併について、県は合併を前提とせずに相談に乗るべきだ」(
宮腰光寛自民党代議士)、「PFI(民間投資による公共事業)の活用を進めてほしい」(野上浩太郎自民党参院議員)などの意見が出された。
 長勢甚遠、橘康太郎自民党両代議士、谷林正昭民主党、又市征治社民党両参院議員も出席した。

2001/11/26
【富山新聞】

鹿熊前参院議員を慰労、朝日町、480人参加し感謝の集い
 前参院議員鹿熊安正先生を囲み感謝と慰労の集いは二十五日、朝日町のあさひ野農協本所で後援会関係者ら約四百八十人が参加して行われ、県議、参院議員四十二年間の政治活動をたたえた。
 尾崎法後援会長が「鹿熊先生の引き際はさわやかで華麗な勇退だった。今後も郷土のため指導を頂きたい。秋の叙勲で勲二等瑞宝章の受章を心からお祝いします」とあいさつし、長勢甚遠、
宮腰光寛両代議士、野上浩太郎参院議員、魚津龍一朝日町長の順で祝辞を述べた。
 これに対し、鹿熊氏は「後援会の皆さんの支援で元気いっぱい県議、参院議員として活動できた。叙勲も長い間、政治家として働けたおかげであり、感謝したい」と謝辞を述べた。
 また、席上、後援会を親ぼく団体として「鹿親会」を設立することが承認された。