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2001/02/01
【富山新聞】
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農業所得安定対策を 東京で北陸4県農政議員懇
富山県など北陸四県の自民党国会議員でつくる北陸四県農政議員懇談会の総会が三十一日、東京・永田町のキャピトル東急ホテルで開かれた。席上、北陸四県農協農政対策本部が、農業経営所得安定対策の実施や米の最低輸入義務(ミニマムアクセス)量の縮減などを求めた。
農政対策本部側はこのほか▽長期的視点に立った総合的な米穀政策の確立▽農産物の輸入が急増した場合に自動的に発動可能なセーフガード(緊急輸入制限)の仕組みづくり▽地域農業の担い手の確保、育成―などを要望した。
総会では、懇談会の会長代行に牧野隆守元労相を選任するとともに、四県の国会議員が結束して農業を守るために取り組むことを確認した。富山県からは長勢甚遠、宮腰光寛、萩山教嚴、橘康太郎の各代議士、鹿熊安正参院議員をはじめ、江西甚昇JA富山経済連会長・全共連県本部運営委員会長らが出席した。
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2001/02/01
【富山新聞】
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「加藤派とのかすがいに」宮腰氏、堀内派旗揚げに参加
三十一日、自民党本部で開かれた堀内派の”旗揚げ”総会に出席した宮腰光寛代議士は総会終了後、「こういう形(分裂)になって残念だが、かすがいになるつもりで(加藤派との)融和に努めたい。加藤(紘一元幹事長)先生を総理にしたいという気持ちに変わりはない」と、複雑な心境を語った。
宮腰氏が加藤氏と行動をともにすることを断念したのは、石原伸晃、塩崎恭久両代議士ら他の若手議員と加藤氏宅を訪ねた二十四日夜だった。若手議員側は、加藤氏が一時的に加藤派会長を辞任し、分裂を回避するよう迫ったが、理解は得られなかったとされる。
「加藤氏は(昨年十一月の内閣不信任決議案否決以降も)野党と行動をともにする可能性を否定せず、派内融和に向けた具体的な動きもとらなかった。しばらく距離を置くしかないと判断した」。宮腰氏は堀内派に加わった理由を説明する。
もっとも、宮腰氏は今後も”中間派”として加藤、堀内両派と距離を置いている石原、塩崎両氏らと連携して両派融和の道を探っていく構えである。だが、「両派融和のためには加藤氏が一時的にせよ全面降伏するしかない」(関係者)との見方もあり、両派が元のさやに戻ることは容易ではない。
●加藤氏に参加伝える
堀内派総会に先立ち、宮腰氏は東京・霞が関の加藤派事務所に加藤氏を訪ね、堀内派に入る意向を伝えた。
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2001/02/02
【富山新聞】
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参院選、野上氏勝利へ結束 来月末までに全域で臨戦態勢、自民県連・常任顧問会議 今月は富山市内中心
自民党富山県連は一日、東京・永田町の料理屋「山の茶屋」で常任顧問会議を開き、次期参院選に県選挙区から出馬する野上浩太郎氏を結束して支えることをあらためて確認した。会議終了後に記者会見した長勢甚遠県連会長、向井英二県連幹事長は「名実ともに挙党態勢ができた」などと述べ、今月いっぱいは野上氏の地元である富山市を中心に後援会づくりなどを進め、三月末までに県内全域で臨戦態勢を整える方針を示した。
野上氏は昨年末の擁立決定後、富山市の県自由民主会館内に事務所を置き、精力的に各種会合などに出席して浸透を図っている。長勢氏は「早い時期にしっかりした事務所を設け、態勢をつくっていきたい」と力を込め、向井氏も「各市町村議会の三月定例会終了と同時に選対組織づくりなどに入りたい」と述べた。
常任顧問会議には、長勢氏、野上氏をはじめ綿貫民輔衆院議長、宮腰光寛、萩山教嚴、橘康太郎の各代議士、鹿熊安正、久世公尭両参院議員らが出席した。冒頭、あいさつに立った野上氏が「大変厳しい風を感じるが、死力を尽くす」と決意を示した。
これに対して、国会議員各氏は、各氏の後援組織や支援団体などを通じて野上氏の支持拡大を図っていくことで一致。常任顧問側からは「県連側から積極的に指示を出してもらいたい」などの意見が出された。
●亀井氏にあいさつ
野上氏は一日、出馬あいさつのため、自民党本部などを訪れ、亀井静香政調会長や参院自民党幹部らと懇談した。亀井氏らは「できることがあれば何でも協力したい」などと激励した。
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2001/02/04
【富山新聞】
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富山県関係国会議員・東奔西走 宮腰光寛
●宮腰氏、水産基本法成立へ意欲
自民党の宮腰光寛代議士はこのほど、農水関係団体との新年懇談会に出席し、各団体の関係者と意見交換した。今国会では農水省関係の重要法案も多いが、「特に水産基本法に対する期待の大きさを感じた」という。
新たに成立を目指す水産基本法には、資源管理も盛り込まれている。「水産資源が回復するまで、漁業者にもある程度は痛みを背負ってもらう法案」(宮腰氏)だという。
資源管理については、これまでは難色を示す漁業者も少なくなかっただけに、関係者の「ぜひ成立させてほしい」との声を受け、宮腰氏は改めて意を強くした様子である。
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2001/02/09
【富山新聞】
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そこが聞きたい 自民党代議士、宮腰光寛氏、どうして加藤氏と決別 野合にはついていけない、派閥の長不合格、首相には最適任、融和の方法探る
昨年十一月の森内閣不信任決議案採決をめぐる「加藤氏の乱」によって自民党加藤派(宏池会)が分裂した。会長の加藤紘一元自民党幹事長に反発するグループは先月三十一日、堀内光雄元通産相を会長に立てて堀内派を旗揚げし、加藤派、堀内派の双方が名門「宏池会」を名乗る異常な事態となった。ともに保守本流を自負する両派は、これからどう進むのか。加藤氏との関係に苦しみながらも堀内派参加を決断した宮腰光寛代議士に心境を聞いた。
―なぜ加藤氏と行動をともにしなかったのか。
宮腰氏 先月二十四日に(宏池会の)若手八人で加藤先生のお宅を訪ねて、いろいろと意見を申し上げたが、「野党と一緒に行動しないでいただきたい」という要望に対して、はっきりとした返事がなかった。今国会でも不信任案が出されるかもしれない。自分としては、野党と行動をともにするようなやり方には、ついていけない。十一月の政局では私のように出席して反対した者も、加藤先生とともに欠席した皆さんも悩み苦しんだ。派内融和に向けて具体的な動きを見せてほしかった。
―堀内派の多数派工作は激しかったと聞く。
宮腰氏 それはまあ、電話が掛かってきたり、どこかで顔を合わせた時に声が掛かったり。あるいは(堀内派幹部の)古賀誠幹事長と新年会をやったり。いろいろとある。
―加藤派は実質十数人にまで勢力が落ち込んだ。これで「加藤首相」の芽も絶たれたのではないか。
宮腰氏 古賀幹事長の言葉を借りれば、加藤先生は派閥の長として合格点に達していないかもしれないが、今の自民党で(次の)首相に最もふさわしいのはやはり加藤先生だ。将来は総裁選に出た加藤先生を、堀内派が推すこともあり得る。
―今後はどのような行動を取るつもりなのか。
宮腰氏 すぐにはなかなか難しいが、堀内派と加藤派の「かすがい」として融和を求めていきたい。例えば、宏池会の最古参である瓦(力元防衛庁長官)先生は「歴史と伝統ある宏池会が、たった一回の政局騒ぎで分裂するのはいかがなものか」と考えていらっしゃる。若手もみな同じ気持ちだ。これからも若手同士で横のパイプをつなぎ、(融和に向けて)やっていく。そういう根っこはある。
―堀内派は会長、会長代行、事務総長を置くなど本格的な派閥としての体裁を整えた。融和は実現するのか。
宮腰氏 一つのグループの旗揚げをやったわけだから、ある程度の体裁を整えることは大事だろう。しかし、明確に(加藤派と)別の方向に進むべきではない。古賀幹事長も「加藤先生を男にしたいという気持ちに変わりはない」と、はっきりおっしゃっているし、正直に言えば、堀内派の中でも融和を求める声が大勢を占めている。
―堀内派旗揚げ前に、加藤氏が一時的に会長から退くことで融和を図るという案も浮上した。
宮腰氏 加藤先生の名誉を保ち、かつ両派の融和を図る方法を模索したい。けじめのつけ方にもいろいろある。
―追いつめられた加藤氏が離党に走ることはないのか。
宮腰氏 加藤先生にそういう気持ちはもちろんないはずだ。先生本人はこれまで何度も「(自民党を)出ない」とはっきり否定している。
●〔略歴〕
みやこし・みつひろ 1974(昭和49)年京大法学部中退。83年から県議4期。98年の衆院富山2区補選で初当選し、自民党加藤派(当時は宮沢派)に属した。現在、衆院沖縄及び北方問題に関する特別委員会理事、党農水部会長代理などを務める。黒部市岡。50歳。自民党代議士
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2001/02/10
【富山新聞】
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東京ホットライン、国会回廊、ビザなし交流を黒部で、自民党の宮腰光寛代議士
自民党の宮腰光寛代議士はこのほど、黒部青年会議所のメンバーとともに外務省を訪ね、北方四島交流推進全国会議が実施しているビザなし交流で、日本を訪れる青少年を「二〇〇二年度には、ぜひ黒部市で受け入れたい」と陳情した。
ビザなし交流では、例年三十人程度の中学生が来日している。受け入れ先はこれまで北海道のみだったが、二〇〇一年度から北海道以外でも受け入れることになり、新年度は既に東京に決まっている。
宮腰氏は、地元の黒部市が県内で最も北方領土からの引き揚げ者が多いこともあり、県議時代から北方領土問題に熱心に取り組んできた。初当選以来、所属してきた衆院沖縄及び北方問題に関する特別委員会でも理事に起用されたばかり。「ぜひホームステイや学校訪問を実現させたい」と意気込みはひとしお。
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2001/02/18
【富山新聞】
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富山県関係国会議員・東奔西走 宮腰光寛
●宮腰氏、山里の味覚に舌鼓
自民党の宮腰光寛代議士はこのほど、八尾町大長谷地区の冬の恒例行事である「そば祭り」を訪れ、地元の”そば打ち名人”がつくったそばに舌鼓を打った。
山里の祭りを訪ねるのが大好きだという宮腰氏だけに、「他ではなかなか食べることができない」というそばの味とともに山里の雰囲気も十分に堪能した様子。
もっとも、帰途では道幅が狭いことが原因の渋滞にも遭遇し、山間地の不便さも体験。宮腰氏は「都市対策も重要だが、山間部の生活道路を先に整備することも大切だ」と改めて実感したようである。
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2001/02/20
【富山新聞】
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選挙運動の支出 衆院選は当選の3人が上位占める、知事選は中沖氏、対立候補の4.5倍
富山県選挙管理委員会は十九日、昨年六月二十五日執行の衆院選小選挙区と、同十月九日執行の知事選の各候補から提出された選挙運動収支報告書の要旨を発表した。衆院選では、各区の当選者が支出面で上位三位を占めた。知事選では中沖豊知事の選挙費用が新人の対立候補の約四・五倍だった。両選挙で法定費用額を超えた候補はいなかった。
衆院選小選挙区の支出金額で最も多かったのは、1区の長勢甚遠氏の千八百四十四万八千六百六十八円、次いで2区の宮腰光寛氏の千八百三十二万四千九百六十四円、三位が3区の綿貫民輔氏の千五百九十四万九千六十五円と現職代議士が上位となった。続いて四位に1区の広野允士氏の千五百七万九千四百九十七円が入り、他の八氏は一千万円未満だった。
収入面では、長勢氏が二千三百万円で最も多く、広野氏の千八百三万円、綿貫氏の千六百万円、が続いた。
知事選では、中沖氏が収入一千三百万円、支出一千三百九十五万千四百九十四円だったのに対し、東山福治氏は収入五百五十一万円、支出三百十三万二千六百五十円となった。
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2001/02/25
【富山新聞】
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富山県関係国会議員・東奔西走 宮腰光寛
●宮腰氏、強まる逆風に危機感
自民党の宮腰光寛代議士はこのほど、同党の若手、中堅議員でつくる「日本の明日を創る会」の会合に出席し、メンバーと久しぶりに意見交換した。
宮腰氏によると、創る会の会合は今年に入ってから初めてで、出席者からは「(総裁選前倒しのための)党則改正を検討すべきだ」と、森首相の退陣を視野に入れた意見も相次いだという。
今後は週一回ペースで会合を開くことも申し合わせた。昨年の「加藤政局」以来、鳴りをひそめていた感もあった創る会が活発化するのも、強まる自民党への逆風に対する若手、中堅議員の危機感の表われ?
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